積読,豆乳,サバイバル

読んだ本と考えたことを繋ぐ場所

「分かりやすい」という罠.「分からない」ことの魅力.

先を越されたなあと思った.

○○党,ストロング系チューハイ,石鹸系

ある日の昼下がり.外が騒がしい.ある政治イデオロギーを掲げる政党がスピーカーを搭載した車をゆっくりと走らせている.スピーカーから女性の声が鳴り響く.

「○○党は10万円の特別給付金を確実に受け取れるよう,サポーター用意し...hogehoge」

聞き流すつもりだったのに,逆に意識が働いてしまう.そして脳にぶっ刺さる「10万円」という響き. ああ,この政党はこうやって(経済,情報,現実認識)弱者を釣ろうとしてるんだなあと感心する.そう思いながら納得した私は自分の作業に戻った.

...

また別のある日,日課になっている散歩で家から遠いところまでぶらつく.ちょっと疲れたので目の前に現れたコンビニで涼もうと入店する.

ボーッと商品棚を眺めていたら周囲から浮いている商品を見つける.ストロング系チューハイだ. 思わず手に取ってみると缶に「現金が当たる!牛丼が当たる!」と書かれている.

奇妙だったのはそのデザインだ.目に焼き付く真っ赤な背景色,そこに黄色の蛍光色とボールド体で「現金!」とプリントされた缶には,もはや商品そのものの魅力ではなく,現金をちらつかせることしか考えていないデザインのようにも見える.コンビニにもまた大きな釣り針が仕掛けられている.

...

本屋によく立ち入っては,面白そうな本がないか物色するという趣味がある.ただ,私が意図的にスクリーニングを避けるジャンルがある.

そのジャンルは大抵がタイトルだけで内容が想像できるものになっている.それはインターネット掲示板のスレッド名のような語調でドラクエ的ファンタジー世界や,ファンタジー要素を現実世界に逆輸入して何かをする様子を伺わせる.中には.それらにモテる・モテないといった人間のコンプレックスを露骨に反映したようなものもある.その本の表紙の絵はだいたいTHE美少女が描かれている.

私は学生だったころ,ライトノベルなるものにはまっていた.学園,ファンタジー,バトル,ラブコメ,エロ等の刺激的でわかりやすい要素で構成されたものだった.

その本は主人公が男性,その他の登場人物はほとんどが女性だった.作品ごとに新しい女性キャラクターを登場させては,てんやわんやあってその女性が主人公である男性に好意を抱き,次巻以降はラブコメエロコメキャラとしても活躍する内容だったことが強烈に記憶に残っている.

私はそれ以降そういう作品を読むのをやめてしまった.話の展開があまりに分かり易すぎて,都合が良すぎて,現実離れしすぎてて,読んでいられなくなった. 先のジャンルもその進化系なんじゃないかと思う.ネットで調べると,おそらく「石鹸系」と呼ばれるコンテンツがあてはまる.

......

サブスクや動画共有サイト全盛期を迎えている昨今はコンテンツ大爆発時代といえる. コンテンツを作る側は自分の作品を選んでもらえるよう,分かりやすい仕掛けをすることに淘汰圧がかかるんだろう.

だからYoutubeに動画を投稿する人はサムネイルで強烈な文字や演者の変顔が載っているものを選択する. 出版社はちょっと有名な本があればすぐにそれを漫画化して分かりやすいコンテンツに落とし込む. ある政治イデオロギーをもつ政党はそのイデオロギーの価値ではなく,困っている人間の痛いところを突いた,わかりやすいアプローチをする. どんなことでも善悪二元論に落とし込んだ後,政敵を悪のサイドに立たせてぶっ叩く.

そこには現実の正しい認識や白黒ではなく,白と黒のグラデーションがあることを認める控えめな立場は一切見せない. このわかりやすいけど正しくない寸劇は,哀れな人たちを巻き込んで社会に騒音を撒き散らかす.

今の時代にドフトエフスキーが生きてて,彼の超大作を鈍器としても使えそうな分厚い本で出版したら,果たして彼は歴史に名を残す人になれるだろうか. 多分人々はスマホを使っているときに表示される,露骨で不快さすら漂わせる男女関係を描いたマンガを選ぶだろう.

コンテンツは分かりやすいかどうかが,趣あるものか/正しいか/深みがあるか/本質的かどうかを勝る要素になってしまった. 分かりやすいコンテンツに飛びつくのは楽なんだけど,人間の本能を刺激する物質をふんだんに使ったジャンキーで健康に悪いインスタント食品を彷彿とさせる. インスタント食品に慣れてしまうと感受性が麻痺してちょっとした味の違いやその価値に気づけなくなる. 私はあらゆるコンテンツを愉しむ上で感受性が麻痺し,本質に気づけなくなることがとても怖いと感じる.

だから,私は分かりやすいものには適度に距離を置くように心がけている. 流行りのYoutuberの動画やテレビ番組,広告は可能な限り見ない. ”マンガでわかる”本は手に取らない.すべてのニュースはその出自と主張の妥当性を懐疑的に見て,ニュートラルに理解することを心がける.

罪と罰(上)(新潮文庫)

罪と罰(上)(新潮文庫)

「分からない」ことの魅力

逆に考えてみる.「分からない」ことほど,魅力的なんじゃないだろうか.

www.youtube.com

例えばこの動画.私は消費者として音楽を非常に好むが,作り手という立場ではそれがさっぱり分からない. しかし,ある電子楽器をレビューするこの音楽家は,楽器が奏でる音一つ一つを理解し,解釈し,それを表現している. 自分には全くわからない視線で世界を捉えている.

だけど自分に全く分からない世界があるからこそ,そういう世界に生きる人たちが生み出したコンテンツに刺激を感じ楽しませてもらえる. 自分の知らない世界が無尽蔵にあり,それに気づけることによって自分の興味関心がさらに深まることを実感する.

私は理系出身の人間で,社会,歴史,哲学,文学,人類史といった人文社会科学系の分野にあまり興味を持ってこなかった. しかし最近になって,それら人文社会科学に関する書籍に手を出して,それを楽しんでいる自分がいる. 分からないことほど,何が得られるのか分からないほど,思わぬ見返りに出会えたときに最高にワクワクする.

ビジネス本や実用書を読むときも同じである.適度な分からなさを醸し出す本を手に取って読んでみる. 思わぬ発見や本質にたどり着いたときに無情の喜びがある.

料理の四面体 (中公文庫)

料理の四面体 (中公文庫)

家の中にいても同じである.よくよく考えると私は冷蔵庫という,電力を冷やす力に変えて,低温で食物などを保存することに使う物を使いこなすことはできるけど,その仕組みは全然わからない.考えたこともなかった. その仕組みを調べて何となく概要を掴むと,さらにわからないことが出てくる.

社会が便利になりすぎたあまり,私たちは身の回りにあるものを全然知らないという当たり前の事実を記した本も出版されている.

ここ最近は街をぶらぶら散歩するだけで楽しい,ちょっと注意深く観察すると自分の半径数mに全く分からないものであふれていることに気づけるから.

「分からない」は魅力に溢れている,無限の好奇心と喜びを導いてくれるレーダーとしてこの感覚を大事にしたい.