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絶滅に瀕したオウムが生み出したParty Parrotというミーム,現実世界から仮想世界への飛躍.遺伝子の脱遺伝子化,"意"伝子化”

Party Parrotというインターネットミームがとても流行っている.

Party Parrotというミームを使ったネタがTwitterで流行っている.

インターネットミームとはWikipediaで"インターネットを通じて人から人へと、通常は模倣として拡がっていく行動・コンセプト・メディアのこと”と説明される概念だ.「利己的な遺伝子」の著者,リチャード・ドーキンスが使いはじめた「ミーム」のインターネット版である.

 

Party Parrotの流行は現実世界での生存競争で追いやられていたオウム,「カカポ」に舞い降りたブラックスワンだ.我々は現実世界の遺伝子がインターネットという仮想世界の"意伝子”になる瞬間を目撃している.

Party Parrot

Party Parrot

絶滅の危機に瀕したオウム,「カカポ」の大冒険

 

 
Party Parrotの元ネタはニュージーランドに生息する「カカポ」という飛べないオウムである.2020年春に日本のSNSで「カカポ」のネタがバズり,多くの人に認知されるようになったのにはそれなりの経緯があった,
 
ニュージーランドで平和に暮らしていたカカポは人間が持ち込んだ外来生物や環境破壊によって個体数が大幅に減っていた.個体数減少が人間に認知されたときには博物館の標本としてのニーズが高まりさらなる個体数減少をアシストしたのは皮肉なことだ.一個体の寿命は数十年と長いが,その分繁殖の頻度が少ないこと,一度に産む卵の数がそう多くはないこと,親鳥が餌を探している間,卵が野放しにされてしまうため捕食されやすいといった性質も個体数の減少に拍車をかけた.
 
しかし,カカポは今なお現実世界で生きながらえている.17世期末にはニュージーランド政府が保護活動を開始したが,世界大戦や大恐慌でその関心が薄まることが多かった.一時はこの世界から姿を消してしまったようにも見えたが20世期半ばにいなくなったと思われていたカカポが発見され本格的に保護されるようになった.なんとか細々と生きながらえてきたカカポはその保護活動も相まって個体数は200を超えるようになった.
 
転機になったのは2009年, BBCが放送したドキュメンタリー番組だ.カカポはEXILEがチューチュートレインを歌う時にやっている体全体で円を描くダンスのような,特殊な繁殖行動をとることが知られている.BBCの番組に登場したカカポ(オス)は番組出演者の男性の頭に飛び乗ってその特殊な繁殖行動を取るという動きをしたのだ.BBCからしたら最高の撮れ高である.こいつ,テレビをわかってやがる.
 
恍惚とした表情で番組出演者(男性)の頭の上で交尾のポーズをしたカカポ(♂)はネット上で話題になった.コミュニケーションツールであるSlackでその行動を模したアニメーションが登場たり,ついにはcultofthepartyparrot.comというコミュニティサイトも誕生した.
 
日本で本格的に流行するに至ったのは2020年4月のある@FUCKDESUNEというツイッターアカウントのあるツイートがバズったことである.このバズりがきっかけとなり,それにインスパイアされた多くの人たちに作られた派生作品がSNS, 動画サイトに登場するようになった.今ではYoutubeでも派生作品が投稿されている.その内容のほとんどは下ネタで,オウムが下ネタのキーワードなどをきっかけに熱狂的音楽に合わせてカラフルに発光しながら狂乱的に踊るという起・承・転・結で構成されている.
 
こういうインターネットミームはいずれ「飽きられる」という死が待っている.しかし,Party ParrotがSNSYoutubeで取り上げられなくなったからと言って彼らが死ぬわけじゃない.直接的なものであれ間接的なものであれParty Parrotが有する性質は今後もインターネットをさまようコンテンツに埋め込まれて生き続けるだろう.
 
例えばParty Parrot特有のキャラクターを虹色に発光させて,熱狂的な音楽に合わせて踊ることや人やものを無理やり下ネタにリンクさせるというParty Parrotネタが持つ性質はより抽象度が高いミームとして今後も生きていくだろう.
 
Twitterでは下ネタ(ちんちんネタ)に特化したParty Parrotコンテンツの集合を示すハッシュタグ#TINTINparrot )が登場している. Party Parrotはすでに”遺伝的多様性”の様相を見せはじめているのだ.
 
カカポが,インターネットという大海原を旅して日本クラスターに到達し爆発的な認知の拡大(繁殖)を見せたのはまさにホモ・サピエンスの世界進出を彷彿とさせる.我々の太古の祖先は親戚や他の動物に比べ身体能力ではなく知能が長けていた.私たちの祖先は火の使い方を覚え,道具を発明した.人類発祥の地とされる東アフリカから大陸を渡り歩いて,ときには大海原に進出して生息域を広げていった.その時・場所にあるものを食べ,住むという自然淘汰の競争は先住民や固有の動植物を絶滅に追いやることもあった.それから今に至るまでの間は端折るが,今私が日本でせっせとタイピングすることができるのはそういう大冒険があったからだ.
 
ニュージーランドという島国で生息していたParty Parrotは現実世界からメディアとインターネットを媒介として人々の脳内にその存在が刻まれ,インターネットの各所にその存在の痕跡を残している.カカポは自然淘汰の大冒険の結果,仮想世界への進出を果たしたのだ.それがカカポにとって意図しない結果であっても. 

 

生存競争の勝利方法は遺伝子を残すことだけじゃないのかもしれない.

主観を持ってしまった遺伝子の乗り物であるホモ・サピエンスは,生を受けた瞬間から死までの期間を「人生」と言ったりする.その「人生」における目標としては”自分が生きた証を残す”という目標が挙げられることも多いだろう.
 
”自分が生きた証を残す”を達成する最も原始的で確実な方法は配偶者を設け,その配偶者と有性生殖することで,自分が持つ遺伝子の50%を子孫に受け継いでいくことである.しかし,今回のカカポはオルタナティブな選択肢を示唆している.
 
自分が生きた証を遺伝子ではなく意伝子ミームという形で残すのもアリではないだろうか.仮に絶滅危惧種であるカカポの最後の一匹が地上からいなくなってしまってもカカポから生まれたインターネットミームであるParty Parrotは生き続ける.生息環境がニュージーランドという孤島からホモ・サピエンスの脳内,TwitterYoutubeのサーバに変わるだけだ.
 
これはカカポに特別当てはまる話ではない.私たちはアインシュタインや彼の功績である相対性理論の発見は知っていても,アインシュタインの子孫のことを知っている人はごく僅かではないだろうか.また私たちは現実には存在しないのにティラノサウルスという凶暴な肉食性動物がいたことを知っているし,百科事典,博物館,ビデオゲーム, Wikipedia, 子供たちが描く空想上の物語にしばしば登場する.そのイメージには化石として発見される骨だけでなく筋肉や皮を身に纏い,発声音も付与されることがある.そう考えると遺伝子は残せなかったけどミームとしての大繁栄を成功したものは枚挙にいとまがない.
 
「サピエンス全史」の著者で歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏は「あらゆるものはホモ・サピエンスが生み出した虚構である」と説いた.カーメーカーのブランド,株式会社,貨幣,資本主義社会,SNSで生まれる絆,神,宗教,これらは全部ホモ・サピエンス同士の虚構で成り立っている.自然淘汰の勝者であるという点を抜いても今なお「特定の異性のパートナーと結婚をして子供を作る」ということが幸福のステレオタイプとして今も根強く信じられているが,それすらも虚構であると言える.
 
参考:
利己的な遺伝子 40周年記念版

利己的な遺伝子 40周年記念版

 

 「利己的な遺伝子

初めて読んだときの衝撃を今でも覚えている.人間は神という空想上の概念に創造されたものであるとは思っていなかったし,進化論のこともなんとなく知っていたが,ここまで理路整然と有機化合物から人間という遺伝子を遺伝させる生存機械が誕生するストーリーが与えられると「人間の命は他の生物にはない特別な尊厳がある」とは考えられなくなる. 
 
「サピエンス全史」
ホモ・サピエンス(私たちが人間と表現する動物群)の誕生から現在の繁栄に至るまでの道筋が記されている.この著者について特筆すべきことは複雑なこと,わかりにくいことをわかりやすい噛み砕いた表現で,しかも一番肝となる部分を生かして伝えることだ.株式会社も貨幣も宗教も「ホモ・サピエンスの虚構」と一まとめに括る芸には脱帽した.私は散歩をしながらオーディオブックで楽しんだ.
 
 
 
 
Party Parrotやカカポのことをもっと知りたいと思ったらこれらのリンクが役に立つだろうカカポの保護活動は寄付で応援できる.空を羽ばたく鳥類とは思えないブクブクとした体躯がとても可愛らしい.